松下組の人

interview

「きれいな
仕事は残る」。
そう信じて、
地元の風景を
守りつづける。

中学を出て、いくつかの仕事を渡り歩き、19歳で松下組に入社した橋口奨史さん。それから22年。海に、山に、地元・芦北のあちこちに、数えきれない現場を残してきた。多くを語る人ではない。けれど、その短い言葉の奥には、現場で磨かれてきた信念がある。

土木課 職長

橋口 奨史

Masafumi Hashiguchi

出身地
芦北町
入社
2004年

所属や役職は、2026年5月時点のものです。

中学を出て、高校は途中で辞めて。それから新幹線の工事だったり、土木でも建設でもない、いろんな仕事をちょこちょことやってました。松下組に来たのは、22年前。祖父が会社の人と知り合いで、声をかけてもらったのがきっかけです。
会社はだいぶ変わりましたね。一番大きいのは、給料が日給制から月給制になったことかな。雨で出勤できない日でも収入は入る。生活が安定するというのは、俺らにとって本当に大きいです。あとは休み。前は日曜だけ休みだったのが、いまは土日も祝日も完全に休みになった。週末に生コンを打設して、土日をたっぷり養生時間に充てる。そうやって工程を組むことで、ちゃんと休めるようにしてます。
社員旅行があったり、バレーボール大会があったり、忘年会があったり。みんなで集まる機会もぐっと増えました。これは全部、ここ数年の変化です。若手も楽しそうだし、先輩たちもいきいきしてる。どんどんいい会社になってるなあと思いますね。

「これは難しいやろ」
言われる現場ほど、
静かに燃えてきた。

インタビューの間、橋口さんは多くを語ろうとはしなかった。現場の過酷さも、苦労も、「まあ、大変っちゃ、大変ですね」のひと言と、はにかんだような笑顔。その言葉の少なさが、そのまま22年の重みでもある。

最近のプロジェクトで特に印象に残っているのは、水俣・牧之内の砂防えん堤工事(2025年)。「ソイルセメント工法」という、自分も初めての工法で。普通なら生コンを頼むところを、今回は現場の土とセメントと、再生クラッシャーランを自分たちで混ぜて、素材からつくる。これがもう、大変で(笑)。半年ほど、ずっと素材づくりをやっていました。
本体が始まったら手が足りなくて、もう一班、応援に入ってもらって、12人で現場を進めました。伐採から、コンクリートパネルの組み立て、ソイルセメントの敷き詰め、芝張りまで。松下組としても初の取り組みでしたし、やったことのないことに挑戦できるのは、どれだけ経験を積んでも楽しいです。
仕事で大事にしているのは、若いころに教わった「プロ意識」。建設業の現場は、後戻りができない。だから、組み上がるたびに通り(直線性)を確認して、まっすぐになるように、ひとつずつ修正していく。細かい作業ですけど、そこを徹底してきました。
土木の現場は、本当にいろんな人が関わる場所なので、お互いに意見を言い合える関係がいちばん大事です。考え方が違っても、それをちゃんと言葉にし、認め合える関係性があれば、現場はきちんと回っていく。喧嘩にはなりません。
完成した現場を、あとから通ることがあるんですけど、「ここはもう少しうまくやれたな」「いまだったらこうするな」っていちいち振り返ってしまう(笑)。完璧な現場なんて、たぶんひとつもない。それでも、自分が携わった場所が、地元・芦北の安全につながっていると思うと、誇りはあります。

5年後、
なにしてる?

What are you doing
5 years later?

資格をたくさん取得していたいですね。それから、自分の考え・採算のなかでひととおりのことがちゃんとできるよう、そして任せてもらえるような、一人前の職人になっていたいです。あと15歳から続けている「ドラゴンボート」のチーム活動を引き続き頑張ることと(日本大会優勝の実績あり)、家族を旅行に連れていきたいですね。

1日のスケジュール

Daily Schedule

朝、現場に集まり、その日の段取りを確認するところから始まります。重機を動かしたり、班のメンバーと一緒に作業を進めたり。午後は進捗を見ながら、細かい調整を入れていく。雨が降れば、できない作業もある。天気を読みながら、その日できることを、ひとつずつ片付けていきます。

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